キャッシングの歴史

キャッシングの歴史

キャッシングは、ここ数年~十数年に登場したように感じてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、実は、キャッシングの歴史はかなり古いんですよね。多くの方がキャッシングを手軽に利用するようになったのが昨今だから、ついそう思ってしまうのかもしれません。もちろん、昔は、現在のようなキャッシングの形態とは全く違い、賃金業という言い方の方が正しいんですけどね。

キャッシングの歴史は、団地金融から始まり、サラ金、消費者金融、自動契約機…と経て、そして現在のキャッシングに繋がっています。団地金融というのは、正にキャッシングの始まりです。とあるキャッシング会社の前会長が若かりし頃…それが1960年なのですが、大阪の団地でお金を貸出したのが起源だと言われています。前会長自ら住んでいた団地の住人に対してお金を貸したのです。それ故、団地金融などと呼ばれるようになったのですが、この頃は、裕福で信用できそうな消費者を中心にお金を貸していたそうです。ちょうど、この1960年頃というのは、太平洋戦争後の復興が一息つき、当時の池田内閣が所得倍増計画を打ち出したのをきっかけに、日本経済が高度成長期に突入した年でもあります。そして1960年以降は、高度成長期の下で、テレビ・洗濯機・クーラー・自動車などの耐久消費材が大量生産・大量販売・大量消費される時代へと突入したのです。

1970年頃には、お金を借りることができる能力…つまり借りたお金を返済することができる能力を持つサラリーマンに注目し、街でサラリーマンを中心にお金を貸し出すようになります。これがサラ金ですね。サラ金が登場するまでは、消費者がお金を借りるといえば質屋くらいしかありませんでした。しかし、質屋からお金を借りる際には、担保として時計や貴金属などを持参する必要があったんですね。しかも、借りることができる金額も、持参した担保の評価額以下であったため、担保・保証不要で融資を受けることができるサラ金が登場すると、消費者は徐々にサラ金を利用するようになっていったのです。そして、当初はサラリーマンをターゲットとしていたサラ金が、徐々にお金を貸す対象を主婦やOLへと広げていきながら顧客を増やし、街金融と呼ばれるようにまでなっていったのです。1970年~1980年頃は、サラ金の金利は年100%近くにまで上がっており、正に消費者の支払い能力を無視した過剰な融資を行っていきました。つまり、返済能力の有無など関係なく、とにかく年100%近い金利でお金を貸し続けていったんですね。貸し出す金額自体は対して高額ではなくても、金利が驚くような高さですから、当然利息の支払いだけでもかなりの額になります。それにより、返済できなくなる消費者が増えていき、返済できない消費者に対して、暴力や脅迫などで取り立てを行い、苦しめていったのです。それにより、一家離散となったり、夜逃げをしたり、また自殺、一家心中…といった大きな社会現象にまで発展していったのです。…この頃というのは、1960年代から高度成長期に突入し、多くの耐久消費材が生産・販売・消費する一方で、マイホームを持つことを夢見た家庭がとても多かったそうです。当然、マイホームを現金一括払いで購入できる人はほとんどおらず、住宅ローンを受けて購入するわけですが、ただマイホームを購入したものの、毎月の生活費が足らなくなり、そしてその足らない分を、サラ金で借りる家庭というのがとても多かったんですよね。一家の大黒柱である父親、またはその母親がお金を借りるわけですから、生活を立て直そうにも立て直せるような状況ではなかったのです。現在でこそ、自己破産などといった手続きがありますが、当時は自己破産することを恥ずかしい、後ろめたいと考える方が多く、また、しっかりとした知識を持った方も少なかったため、弁護士などに相談するよりも、自殺や一家心中などを選ぶ方がとても多かったのです。

1980年頃になると、サラ金は消費者金融という名称に変わりました。これは、先ほども挙げた社会問題にまでなった高金利や暴力的な非人間的な過酷な取り立てのせいで、サラ金地獄という言葉が出来、当然、サラ金にまとわりつくイメージもとても悪くなってしまったからです。消費者金融が急激に成長したのが1990年代で、ちょうどバブルが崩壊し、これまでお金に不自由することなく、それなりに贅沢な生活を送ってきた一般家庭が、一気に、経済的窮地に陥ってしまった…というケースが非常に多かったのです。一度上げた生活ラインを下げることは難しい…というのもあったかもしれません。経済的窮地に立たされたことで、消費者金融の顧客が一気に増加したことで、賃金業界は急激に成長していきました。勢いにのった消費者金融は、便利さ、そして更なるイメージの転換を目的に、自動契約機を設置していきました。自動契約機は、今でこそ珍しいものではありませんが、当時は、誰とも対面せずにお金を借りることができる…というのは、かなりの画期的なことだったんですね。生活が苦しく、お金を借りたい。でも、お金を借りることは恥ずかしい…といった方たちを中心に、この自動契約機を注目するようになり、なんと自動契約機に長蛇の列ができるほどだったそうです。この頃から、消費者金融のATMでお金を借りることが可能となり、これこそが、現在でいうキャッシングの始まりとなったんですね。当然、自動契約機の便利さ、手軽さが、そのまま今のキャッシングに引き継がれているのは言うまでもありません。1995年頃になると、これまで深夜限定で流れていた消費者金融のテレビコマーシャルの規制が緩和されていき、いわゆるゴールデンタイムでもテレビコマーシャルが流れるようになりました。それにより、これまで以上に悪いイメージを払拭しようと、芸能人などのコマーシャルに起用したり、出来るだけライトで明るいキャッチフレーズを定着していくなどしたおかげで、非常に身近な存在として感じる方が増えていきました。

こうした経緯を経て、消費者金融…今はキャッシング企業と呼ぶようですが、株式を上場する会社も出てきました。正に、一般企業…寧ろ、大企業の仲間入りを果たすキャッシング企業が増えてきたわけです。そうなると、上場企業への信頼の高さからか、上場しているキャッシング企業に消費者が集中しだします。2000年頃になると、株式を上場するようなキャッシング企業による顧客独占、そして出資法の改正によって上限金利がこれまでの40.004%から29.22%へ引き下げられたことで利益が低下し、経営不審となった中小クラスの消費者金融の撤退や倒産が増加していきました。しかし、キャッシングを利用する人が増える一方、不払いが続いたり、返済する能力や意思のない消費者も存在していたため、そういった消費者たちをブラックリストへ掲載し、融資させないようにする動きが起こりました。そうなれば、当然、お金を借りようにも、過去の不払いなどの履歴が原因で、どこもお金を貸してくれなくなります。そういった人がどうするか?それは、そんな人の弱みにつけこみ、違法な金利でお金を貸す闇金融からお金を借りるのです。良いイメージを持つことに成功した、上場企業となったキャッシング企業がある一方で、サラ金の頃の悪いイメージを受け継いだかのうような闇金融も平行していきました。

現在は、不払いの顧客に対する取り立ての違法性によってパッシングを受けるキャッシング企業がある他、上限金利の引き下げ法案によって、撤退するキャッシング企業や、経営を縮小させるキャッシング企業が増えてきています。そしてそれとは逆に、闇金融は増えていく傾向にあります。ただ、キャッシングサービスは、コンビニに設置されているATMや、銀行のATMでも借入・返済が可能になったり、インターネットを利用したキャッシングも可能になったり…と、一段と使いやすく、便利になっているのも事実です。

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